踏切
ある平日の夕暮れ時の事である。
その日、小林は高校からの下校途中であった。
他愛も無い会話を済ませ、友達と別れた小林は寄り道もせずに自分の家へと足を動かしていた。
身長の低い小林でも夕日に照らされて成された影は長く長く伸びていた。影は家の塀にぱっと写る。道端に設置された電灯が一斉に点いた。
道端に転がった小石を蹴りながら進む小林は、帰宅途中にある、寂れた遮断機の降りた踏切にたどり着いた。帰宅途中であろうサラリーマンやOL、他の学生などもたくさん見られる。
電車が沢山往来する郊外の踏み切りとあって数分待たなければならないのだが、迂回路として歩道橋が設置されていた。塗装がはがれ、部分部分が錆びたそれは今にも崩れそうである。
小林はいつもなら待てずに歩道橋を渡るのだが、その日は部活動でひどく疲れたせいもあってか、信号を待っていた。
ランプが点滅した。電車が通る合図だ。その後しばらくして警報機も鳴り始めた。
遠くから金属を切るような音が聞こえてくる。
数秒後、電車が轟音とともに走り去った。地が揺れる。地が揺れる。電車が視界の右から左へ消える。また電車は同じように来るだろう。
その時である。
小林は目を見張った。踏切を挟んだ向こう側に、両親が離婚して以来姿を消し連絡も途絶えてしまった母親がいたのだ。小林は叫んだ。
「お母さん!」
周りの人たちが小林に注目した。そんなの構いやしない。もう一度母親を見る。佇んでいた。
しかし、すぐにまたさっきと同じように、電車の走る音が聞こえてきた。さっきと違って重々しい音である。貨物列車だった。それは視界を奪った。待ってはいられない。
小林は歩道橋に向かって走った。走る。走る。階段を正確にリズムを刻みながら。速く、速く、昇る。息が続かない。ようやく上りきった。
歩道橋の上から向こう側を見てみる。
――いない。
胸が苦しいことも忘れ、全力疾走で歩道橋を走った。
階段を一段飛ばしながら下りているときに思った。あれは自分の見間違いではなかっただろうか。人違いではなかっただろうか。
――でも確かに……。確かにお母さんだったのに……。
下り終えた小林は必死の形相で人ごみの中を探した。いない。確かに見たはずなのに!
小林は佇むしかなかった。相変わらず影は長く長く伸びている。遠くではカラスが帰宅途中の人々を追い立てるように鳴いている。
いつのまにか警報機も鳴り止み、遮断機は淡々と上がり始めていた。小林をちらちらと見ていた人々もやがて興味を失ったのか、わらわらと動き始めた。
だが、小林は動けないでいた。頭の中ではいつまでもいつまでも警報機の耳障りな音と、そして、電車の走り去る音が鳴り響いていた。