崩れた理想 

 


 

 私の夢は、自らの理想を現実の物にする事だ。
 幸せと希望に満ちた『正義』を認めず、何もかもを悲劇と絶望に満ちた『悪』を正しい、とする。それが僕にとっての生きがいであり、望みであり、義務だ。
 自らの理想を元によって築き上げられた『悪』の世界とする。ただそれだけでいいのだ。それが私の全てだ。

 決心したその日、私はこの世界に生まれた。
 私と同じ志を持つ者達はたくさんいる。その日の内に、多くの同志達と契りを結んだ。『悪』を世界の全てにする、という果てしない夢を実現させよう。
 その日から私達は多くの災難に遭い、幸運に救われた。
 時には洪水が押し寄せ、同時に何らかの異物が伴って流れ込んだ。私達は当初、そららが何か分からず手付かずにした。危険物ならどうしようもないからだ。
 だが、やがてそれらは『悪』へと染まり、変貌を遂げた。同志達が増殖したのだ。
 私達はそれ以降も着実に『正義』を『悪』へと染め上げていった。『正義』は呻き、嘆いた。私達の理想は現実の物となりつつあったのだ。

 そんなある日、私達の鼻を異臭が刺激した。と、同時に誰かの泣き喚く声も聞こえる。呻いている。嘆いている。叫んでいる。誰かがそれを慰めている。
 何故だろう。私達はまだ侵略を開始していないはずだ。なのに何故なのだ。
 突然、地面に何かが突き刺さった。見た事も無い物体だ。
 そして、悲劇は起こった。
 私達の身体に痺れが襲ったのだ。突然身動きが取れなくなった。その間にも誰かが泣き喚き、誰かがそれを慰めていた。暫時、私達はその痺れを耐え抜いていた。
 だが、つんざく様な機械音と共に私達の理想は脆くも崩れ去った。同志達が吹き飛んでいる。いや、身体ごと削れているのだ。『正義』の新型兵器だろうか。
 私が最後に見た光景は、理想が現実のものとなる事無く終わりを告げてしまう悲劇だった。

「はい、今日の虫歯の治療はここまで。詰物を詰めておくから。今度からはちゃんと歯磨きしようね」
 少年は、泣き喚くのを辞めた。そして、涙を拭い、満面の笑顔を歯医者に向けてお礼を述べた。
「うん! ありがとう、お医者さん!」
 歯医者もマスクを顎の下までずらし、笑った。少年の真っ直ぐな気持ちに正直に答えた。
「どういたしまして」

 私達の夢は脆くも崩れ去った。『悪』の世界を理想とする夢だ。
 だが、私達は諦めない。また生まれ変わる時、今度こそ『正義』を打ち負かしてみせよう。

 

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